上州~上信越~尾瀬登山の旅 57 (大内宿)   





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2015年の秋も深まりつつある10月上旬。今度は本格的に長丁場の登山の旅に向かいました。
今回は脚もまあまあ仕上がってきて、全工程で百名山6座を踏破します。

順序は武尊山-苗場山-巻機山-(休息日)-越後駒ヶ岳-平ヶ岳-燧ケ岳と回りました。

その後、前回の南東北旅行で回りきれなかった南会津にある「大内宿」に朝一番で行ってみました。


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この眺め。江戸時代もこれに比較的近い感じだったのだろうな。
ここは結構雪も深いのかな。
日本の文化的深部に位置する場所だろうか。
南会津は良くも悪くも閉鎖的だというし。


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お参りして降りた。


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最後にもう一枚縦構図で。


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鳥居は年季が入っていた。


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街にはこじんまりした畑もあった。

このあとは、このまままた新潟を抜けて352で帰るのはこりごりだから
思い切って一旦北上して喜多方まで抜けて一泊して、その後東北道で帰ろうかな。
もちろん喜多方ラーメンが目当てなんだけど。
本場で食べると最高です。









続く。




wiki*

大内宿標準語共通語:おおうちじゅく[† 1]会津弁:おおちじゅく[1][† 2])は、江戸時代には会津西街道(別称下野街道)の「半農半宿」の宿場であった[2]福島県南会津郡下郷町大字大内にある旧宿場重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。

南会津の山中にあり、全長約450mの往還の両側に、道にを向けた寄棟造民家が建ち並ぶ。江戸時代には会津西街道(別称下野街道)の「半農半宿」の宿場であった[2]が、現在でもその雰囲気をよく残し、田園の中の旧街道沿いに茅葺き民家の街割りが整然と並ぶ。

大内宿本陣跡には、下郷町町並み展示館がある(地図)。民宿や土産物屋、蕎麦屋などが多数立ち並ぶ。特に蕎麦に関しては、高遠そばの名で知られており、の代わりにネギを用いて蕎麦を食べる風習がある。







サクッとひとり旅!






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*ちなみに昔の記事は、何度も手直し修正を加えたりしています。
機会があればまた読んでみてください。。

by unknown-design | 2017-07-10 20:52 | | Comments(0)

人生で遭遇する様々な未知の体験について。カメラと一緒に旅に出よう☆


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